米国の政治学者フランシス・フクヤマは、「日本の経済発展の基礎には社会の構成員が互いに信用し合う関係があり、それがある種の社会資本としての役割を果たしていた」と分析している(「「信」無くば立たず」加藤寛訳、三笠書房、1996年)。従来の日本人の価値観には、家族、地域、職場など集団での和を重視する傾向がみられており、その中で義理・人情といわれるような信頼関係が築かれてきた。しかし現在、このような信頼関係は崩れつつある。
様々な組織・制度や職業に対して、それぞれを信頼しているかどうかを尋ねた結果をみると、「信頼している」翁非常に信頼している」と「やや信頼している」の合計)という割合が高いのは医師、新聞、テレビで、逆にその割合が低いのが宗教団体、国会議員、中央省庁の官僚となっている。なお、「わからない」(無回答を含む)という回答が三割を超えているものを多い順にあげると、労働組合、環境保護団体、大企業、中央省庁の官僚、宗教団体、自衛隊であり、生活者にとってこれらの組織・制度、職業に対する評価・判断がしにくいものであることがわかる。
1997年調査の結果と比較した特徴は、①国会議員、中央省庁の官僚に対する信頼意識が依然として低いこと、②最近不祥事や事件の報道が多くみられる「警察官」と「学校の先生」に対する信頼意識が大きく低下したこと、の二点である。
このように、日本人の社会制度や公的機関に対する信頼意識が大きく低下している傾向を指摘することができる。また官僚、警察官、学校の先生といった従来必ずしも高い報酬を得ていなくても社会的評価が高く、モラールも高いといわれてきた職業に対する信頼が下がっていることは、生活者の職業観や職業選択にも影響を与えるものとみられる。
一方で、信頼度が依然として高いのが新聞、テレビといったマスメディアである。なかでも、テレビは人々の考え方に影響力のあるメディアである。個々人の「社会に対する考え方」に最も強く影響を与えているものとしては、テレビのニュース、ニュース番組が最も多い。テレビに影響を受けている人の割合はドキュメンタリー・特集番組。討論番組とワイドショーなどのその他の番組も合わせると6割に達する。それに対して、新聞をあげる人、また家族や友人・知人の意見をあげる人もそれぞれ極めて低い値にとどまっており、人々の社会に対する見方。ものの考え方にテレビが強い影響を与えていることがわかる。
1997年の調査結果と比較すると、テレビの中でも、ドキュメンタリー・特集番組。討論番組とワイドショーなどのその他の番組の影響は弱くなっているものの、テレビのニュース、ニュース番組は依然として人々の考え方に強い影響力を持っていることがわかる。
低い隣近所に対する信頼
従来、日本人の価値観には、家族、地域、職場などの集団での和を重視する傾向がみられたのに対して、最近では、集団よりも個人を重視する傾向が強くなっている。それとともに、その根底にある人間関係やコミュニケーションのあり方も大きく変化してきている。
地域での人間関係・コミュニケーションをみても、そのつきあいが希薄なものになり、信頼関係が弱くなっている傾向がみられる。「あなたは隣近所に住んでいる人を信頼していますか」という質問に対して、「信頼していない」という回答が全体で三割を占めている。これは1997年とほぼ同様の割合になつている。特に10代、20代では信頼していないという人の割合が三割を超えている。隣近所で互いに助け合うというような関係が薄れてきており、地域における信頼関係が弱くなっていることがわかる。
友人との関係についてみると、最近では他の人との和を尊重する意識が弱くなる一方で、「自分と気の合った仲間さえわかってくれればよい」というょうな、狭く閉じた人間関係を求める傾向が強くなっている。その意見を支持する割合は、生活者全体の七割に達している。性・年齢別にみると、若年層ほど支持する割合が高い傾向がみられる。広範にオープンな関係を広げていこうというよりは、気の合った仲間からなる小集団をいくつも維持していたいと考えている。言い換えると、「人間関係の小集団化」ともいえる傾向が強くなっている。気の合った仲間といっても、かつての友人関係のような全人格的ではない断片的なつきあいである。このため、体育会の部のように一つの集団に深くコミットするのではなく、いくつかの小集団での関係をパーソナルなメディァを介しながら維持しているのである。山岸俊男北海道大学教授は、集団の内部で協力し合っている程度が強い集団主義社会が生み出すのは、「信頼」ではなく互いによく知っている固定的で閉じた構成員同士の「安心」の関係であると指摘している。それに対して一般的な信頼関係には、信頼により不安定な人間関係を強化し安定させる関係強化の役割があると同時に、新しい相手との間の自発的な関係の形成を促進する関係拡張の側面も大きく、それにより「信頼」は閉鎖的な集団主義社会からより開かれた社会ヘの転換に重要な役割を果たすといわれている(山岸俊男『信頼の構造』東京大学出版会)。この概念を援用すれば、現在、隣近所の人との関係などで失われつつあるのは、従来お互いによく知っているから「安心できる」という関係である。
それでは、地域での人間関係が安心から信頼の関係に変わってきているかというと、現在の生活者の意識をみると、開かれたオープンな関係を築く信頼意識が醸成されているというよりは、「自分と気の合った仲間」だけを信頼するという閉鎖的な関係に陥る傾向が強くみられている。その点が今後、生活者が開かれた人間関係を構築していくうえで、大きな課題となる。
